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体力がもう残っていない、担い手役をずっと背負わされ続けて・・・ 河北春秋 八葉蓮華

 「さ」は田の神を意味するという。田植え初日に降りて来る。西の方では「さおり」と言った。終われば天に昇る(帰る)。「さのぼり」。東北でもなじみ深い「さなぶり」のことだ

 田植えはかつて手作業の重労働、集落総出で助け合った。無事に終わったことを神に感謝し労をねぎらう祝い事である。個々の農家で、集落で宴会があり、温泉に行く地域もあった  

 一面の水田が早苗の緑で薄化粧を施されて、陽光に輝く。そんな今の時季恒例だった行事も機械化・兼業化でほとんど廃れた。農村の習俗ばかりではない。田園から昭和一けた世代が退きつつある

 担い手役をずっと背負わされ続けて今や70代後半から80代前半。「昭和一けたが引退したら一体どうなるのか」。30年も前からそう言われながら、展望を示せず次代からそっぽを向かれた日本農業の危機が眼前にある  

 誰もが残したいと願う里山の原風景も例外ではない。有名な山形県山辺町大蕨の棚田。シンボルである14段の田のうち、ことし水がたたえられたのは最下段の1枚だけという。「年寄りばかりで、体力がもう残っていない」と

 農村は疲弊し、食を生む農地の荒廃が進む。われわれ一人一人が現実を直視し何とか展望を切り開かねば。ただ待っていても新たな担い手が降臨してはくれまい。

 河北春秋 河北新報 2010年5月31日  創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

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